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蝦夷農園北原さんの玉葱の歴史1 先代の決意

9月になり北海道の馬鈴薯、玉葱は今年も収穫の秋を迎えました。
蝦夷農園 北原さんの玉葱は農薬・化学肥料を用いない「自然農
法」(現在のJAS有機栽培)を1961年からはじめました。今年で
46回目の収穫を迎えます。

こんにちは。かかし ひろとです。


今日はコープさっぽろとの取引が始まる以前の蝦夷農園、先代の

北原輝義さんがこの栽培方法に至ったきっかけについてお伝えし

ましょう。かなり遡らなければならないので蝦夷農園に残る記録を

使用させていただいております。
Hatake211 

北原輝義さんは熊本県から北海道に入植した屯田兵の3代目

です。『祖父が残した豊かな土地がこの20年間でミミズも住めない

死の耕地になってしまった。この死んだ畑の半分でも生き返らせ子

孫に残していきたい…』と北の大地で農薬・化学肥料をいっさい使

わない有機農業を始めたのは昭和36年から。

当時、農村地帯では全国的に農薬での自殺や事故が相次ぎ農薬の管

理が問題になっていました。実際に近所で起こった農薬服毒自殺未

遂事件が引き金となって、北原輝義さんの蝦夷農園は有機農業を始

めます。公害や環境汚染、残留農薬といった言葉もない時代でした。

有機農業への第一歩は、農薬・化学肥料で衰えた地力の回復-土作り

でした。除草した雑草は畑にそのまま寝かせ、バクテリア、菌類を

育て土に還元し、地力培養に役立てます。玉葱の収穫後はえん麦を

まき雪が降るまでに30~40センチに伸びたえん麦をそのまま越冬さ

せ肥料にします。春耕の前に山林から落ち葉を拾い畑にすきこむの

です。この作業を毎年繰り返しました。

しかし、この方式の経営は生易しいものではありませんでした。活

力を失った畑に人工栄養剤の化学肥料や農薬を“注射”しないので

収量はガクンと落ち、ひたすら除草作業との戦いの日々が続きます

。肥料や農薬を買わないので生産者団体はいい顔をしないし、周囲

の目も冷たいものでした。自然農法とは無農薬・無化学肥料栽培=

今の有機栽培のことで、北原さんの場合は植物性の肥料だけを使用

した栽培です。
2004field11



続く

このブログに使用している写真等は蝦夷農園の許可を得て
使用しております

北原さんの玉葱はギフトで受付中、宅配では9月2週、3週に中袋品、
9月4週に玉葱ドレシング、10月1週に箱規格と。。。ご案内の予定です。

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