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お茶の知識(10)

こんにちは~。管理人 ハカセです。

5月頭までお申し込みを受け付けていた、新茶予約。
もうそろそろお届けの時期です。
みなさん、待ちくたびれていらっしゃることかと思いますcoldsweats01

今日は、久しぶりに登場のお茶屋のあざらしさんから、「お茶の知識」の第10弾です。



こんにちは!お茶屋のあざらしです。

お茶の知識パート10です。

今日の話題はお茶を伝えた偉人たちのお話です。

日本でのお茶を飲む習慣は中国から伝わったという説が一般的です。
中国から伝わったお茶を今日のように幅広く全国に飲む習慣を広げたのは日本人に間違いありません。

真っ先に出てくる人物は栄西禅師(1141~1215)です。
栄西禅師は禅宗の僧侶で平安時代に中国に行き、鎌倉幕府のもとで建仁寺を建て臨済宗の総本山としています。その後「喫茶養生記」を書いてお茶の普及に努めました。

次に宇治茶の発展を支えた明恵上人(1173~1232)。栄西禅師から手ほどきをうけましが宗教は華厳宗で同じ宗派ではありません。
そのころの宇治のお茶は「抹茶」で各地の武家や京都の公家、大名などに顧客をもち発展していきました。
現在も抹茶の産地は宇治と愛知の西尾という2か所に限られています。

その後、中国福建省から1654年来日した隠元禅師(隠元豆を伝えた)が、煎茶の作り方、飲み方を伝えたと言われています。
お茶の葉を鉄鍋で炒ってから揉んで急須に入れ、お湯を注いで飲むという簡単な方法によって一般の人に広く普及させました。

これを宇治田原の永谷宋円という人物が創意工夫し、江戸の「山本山」4代目山本嘉兵衛(1738年)が買い取りました。
江戸の「山本山」によって売られ始めた煎茶は江戸で評判となってその後栄えたとされています。

宇治から始まった日本のお茶は静岡出の聖一国師が栄西禅師の系統を受け継ぎ、中国に渡ったあとお茶の種子を持ち帰り静岡郊外に植え、広げていきました。この聖一国師のよって静岡茶は歴史が始まり、静岡茶の大発展につながります。

以上、簡単ですが日本茶の発展に尽くした人物についての話でした。

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