- 2009年2月28日 06:00
- コープからのお知らせ
「・・・ごめんね」
J・D・サウザーの新譜が流れる『割烹ゑびす』のカウンター席に座る私に向かい、
着物姿の女将が、寂しそうな声で言う。
しかし、
その声には、強い意志が感じられ、迷いは無いようだ。
背筋がシャンと伸びた女将の佇まいそのものだ、と私は思う。
「・・・田酒を」
「・・・ふふ、わたしも付き合っていいかしら?」
女将は、私の返事も待たずに、グラスをふたつ用意する。
コッコッコッコッコッコッコッと、
グラスを満たし、こぼれた田酒は、升を満たしてゆく。
「・・・ホントに閉めちゃうのか?」
女将の繊細な指先を見ながら、私は聞く。
正確には、
目を見て聞けないので、視線の行き先が指先で止まったと言った方がいい。
キレイな女性の悲しい表情を見ると、この世の終わりぐらい暗い気持ちになる・・・。
「新しいスタートのためよ」
私の気持ちとは裏腹に、あっけらかんとした返事。
「準備期間って、必要でしょ?」
確かにそうだ。
そして、いい笑顔。
なるほど・・・。
笑って、お別れか・・・。
私と女将は、なみなみに注がれたグラスに口を持ってゆく。
ズズッと、ひと口。
そして、
こぼさないように、グラスを掲げる。
「お世話になりました」と、女将。
「お世話になりました」と、私。
チン!とグラスが重なる。
心地良い沈黙の後、
「最後の料理よ」と言って、
カウンターには、味の染み入った子持ちがれいの煮付けが置かれる。
『割烹ゑびす』の最後の夜。
店内は、煮魚の美味しい香りとJ・D・サウザーの切ないメロディに包まれている。
感謝。感謝。
thanks a lot.
また、いつか。
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