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新・個室『銀杏の間』にて ~宍道湖産大和しじみ~

よく晴れた5月のある日。
石山さゆり(45歳)は、腕時計を見て、正午前であることを確認する。
交差点を早足で渡り、タクシーに乗り込む時に、一度振り返り、さっきまで居た白い建物を見上げる。
・・・病院。
私は、(・・・こんな大きい病院だったんだ)と思い、「お父さん大丈夫?」と、先に乗り込んだ父に声を掛ける。
父は、その声には答えず、苦しそうに咳き込みながらシートに身を沈めている。
 

父と初めて会ったのは、今から28年前。私が高校生の頃だ。
母親の再婚相手だった。
その時の父の年齢は、確か、今の私と同じ45歳だ。
人懐っこく振舞っていたが、非常に気弱そうな第一印象を受けたのを、憶えている。
困らせるつもりは無かったが、私は、反抗期だったこともあり、父とは、あまり会話をしなかった。
(大人のゴタゴタは、そっちで勝手にやって欲しい。私のことは、放っておいてよ!)と、自分から距離を取ったのだと思う。
突然、今日から親子関係だ、と言われても、会話など、かみ合う訳がない。
そして、会話の少なさは、今の今まで、ずーっと続いている・・・。
私は、きっと、心を通わせて、分かり合う事から逃げたのだと思う。
 
会話というのは、大切だ。
そのことに気づき、後悔し始めたのは、息子が大学、就職で東京へ行ってからだ。
思春期を迎えた頃から、息子とも会話が極端に少なくなっていた。
大切な話し合いをしないまま、息子と離れてしまった。
そして、同じ頃に、父の入院が重なった。
やわらかい喪失感の中で、私は、もっと話すことがあったのではないかと、後悔したのだった。
 
父は、もう長くないとのことだった。
ここ数年、入退院を繰り返していたが、今年のお正月明けに、主治医にそう告げられた。
父は、「自分の身体だから、自分がよく分かっているよ・・・」と、最初の入院の時から、気丈に、そう言っていたが、
最近は、その台詞も言わなくなり、無口になることが多くなっていた。
 
(もう長くない・・・か)
私は、隣で咳き込む父を見ながら、短い溜息をつく。
 
その日の夜。
『割烹ゑびす』に、父と訪れた。父のリクエストだ。
「ようこそいらっしゃいませ」
着物をキレイに着こなしている、凛とした表情の女将の手を借り、父がゆっくりと歩いて行く。
私は、歩幅を調整しながら、その後ろをついて歩く。
スッ。
女将が襖を開ける。
「どうぞ。銀杏の間です」
父と私が向かい合って座につくと、女将は、テーブルにお茶を用意した後、静かに微笑み、退室する。
スッ。
 
弱々しい咳がしばらく続いた後、「・・・憶えているかな?」と、父が囁くように言う。
「えっ?」と、私が聞き返した時、再び、襖が開いた。
スッ。
女将だ。
一旦、会話が止まると、店内に、甘い声の女性ボーカルが聞こえていることに気づく。
英語でゆっくりと流れているのは、ボサノバ風にアレンジされた坂本九のスキヤキだ。
父もそれに気づき、身体でリズムをとっている。
「どうぞ」
女将がそう言って、テーブルの上に用意をしたのは、しじみの味噌汁だ。
Dscn1936
「ありがとう」と父が言うと、女将は、微笑みで応え、「ごゆっくり」と言って出て行く。
しじみの味噌汁。これも、父のリクエストだ。
 
父は、優しい目線で私を見つめ、ゆっくりと言葉を紡いでゆく。
「これは、父さんの故郷、島根県、宍道湖のしじみの味噌汁だよ。
宍道湖は、海水と淡水が交わる汽水湖だ。
網走、天塩、湧別など、北海道でもしじみは獲れるけど、宍道湖のしじみは、冷凍しじみとして、北海道にも流通しているんだ。
宍道湖のしじみ漁は、早朝に3時間ぐらい掛けて行われている。
竿の先に、ジョレンと呼ばれる、爪の付いたカゴのような道具が固定されていて、湖の底を掻きながらしじみを獲るんだよ。
ジョレンの掻き獲り方にも、三つあるんだ。
さゆり・・・、想像してごらん。
一つは、船の推進力を利用して掻き獲る”機械掻き”。
二つめは、船上から人力で掻き獲る”手掻き”。
三つめは、ウェットスーツを着用して、湖水に浸かりながら人力で掻き獲る”入掻き”。
どう?想像出来たかい?」
 
私は、味噌汁の中から顔を出している宍道湖しじみに目をやる。
室内の照明がハネて、漆黒、黒、茶の光沢を放っている。
「キレイ・・・」
「陸揚げされたしじみは、生産者がそれぞれ、漁協で決められたサイズ毎に、ひと粒ひと粒、選別している。
それを買い取った業者が、鮮度の良いうちに塩水で砂抜きをして、更に、ひと粒ひと粒選別。
この砂抜き時間が重要なんだ。
漁獲される季節、漁獲される場所の違いで、微調整が必要なんだよ。
そして、洗浄され、金属探知機で再び選別した後、急速凍結でバラ凍結されるんだよ」
楽しいそうに喋る父に、私は「詳しいね」と微笑み、もう一度、味噌汁の中のしじみを見る。
黒い輝きは、高価な宝石のようだ・・・。
 
ズズッ。
父が味噌汁に口をつけ、その味を噛みしめるように、ゆっくりと飲み込む。
そして、目を閉じて、ひと言「美味い・・・」
私も、ズズッ。
肝臓に染み入る強烈な旨み。
「美味しい・・・」
ひと口、口にするたびに、健康になってゆくこの感じ。
しじみは、確か・・・タウリン、アスパラギン酸、コハク酸が豊富だ。
ズズッ。
うん!この旨みは、・・・コハク酸。しじみは、貝類の中で、最もコハク酸を含んでいると聞いたことがある。
味噌汁の出汁の旨みを愉しむだけではなく、当然、身も食べる。
パクッ。
タウリン、アスパラギン酸、コハク酸、鉄分、ビタミンB12が身体に染み入ってゆく。
身体が、奥から元気になってゆくのが分かる。
可食部は少ないけど、この味こそ、何ものにも似ていない輝きを放っている・・・。
向かいに座る父も、しじみの身を食べている。
パクッ。
「なんだか、元気になってゆくようだな」
そして、ズズッとひと口。
「しじみの味噌汁は・・・、父さんにとっての家庭の味なんだよ」
 
「さゆり・・・憶えているかな?」
「・・・」
「初めて会った時、食事会を兼ねて顔を合わせたね。父さん、緊張したなあ・・・。
さゆりに、気に入ってもらえるだろうか?って、考えていたんだよ。
その時のさゆりの台詞、緊張しなくてもいいのに!って、怒った表情で言ったんだよ・・・」
「・・・憶えていないよ」
「夜中に帰って来た時もあったね。まだ、さゆりが高校生の頃だ。
家に居ても面白くない!友達といる方が楽しい!って。
街には、何かがあるんだよ!って、真剣な表情で、目をキラキラさせて言っていた・・・」
「・・・」
「一度だけ、夢について話したことを憶えているかな?
さゆりが嫌々ついて来た家族旅行に行った時だよ。登別温泉だったかな?
なかなか寝つけず、将来について、短い会話をしたんだよ。
人を笑顔にする仕事に就けたらいいなって、照れながら言っていたね」
「・・・」
「さゆりが結婚した頃、いい家族が築けるか、不安ばかり口にしていた時もあったね。
子供が生まれた頃は、嬉しい嬉しいって、何度も言って、泣いていたなあ」
「・・・」
父の視線が遠くを見ていて、私の視線は、行き場を探している。
「さゆりの嬉し涙、悔し涙、悲しい涙・・・。いっぱい見てきた・・・。
・・・知っていたかい?さゆりが泣いた日の翌日はいつも、しじみの味噌汁だったんだよ」
「えっ?」
「しじみの味噌汁は、父さんにとっての家庭の味なんだよ。
・・・さゆりと暮らしてからの、家庭の味なんだよ」
 
父の思い出の中には、私がいる・・・。
私は・・・、父のことなど見ていなかった・・・。
そのことに気付かされると、胸が痛くなった。
 
「もっと、いっぱい話したかったな」と、父が言う。
「・・・そうだね」と私。
沈黙があって、
「・・・ごめんね」と言うと、目の奥が熱くなった。
父は、味噌汁の最後のひと口をズズッと啜って、俯いて無口になっているが、穏やかな表情をしている。
「あと何度、作れるか分からないけど・・・」
私は、(毎日、しじみの味噌汁をつくるからね)と、小さな決心をする。

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コメント: 3

KAZU! 2008年4月29日 06:32

松紫さん!お早う御座います!今日のは、人間模様と人生模様が、銀杏の間で、見事に描かれてとても素晴しいですね!時は過ぎ行き、いくら力んでも思い出だけが残り、良い悪いとは関係無く!!!人生と言う舞台は待ってはくれないですよね!今、丁度
フランクシナトラのオールオブミーが流れ、若かりし頃が走馬灯の様に甦り虚しさが!!でも、人生、死ぬまで生きなくては!お互いに良い思い出を沢山作りましょう!

松紫 2008年4月29日 08:35

コメントありがとうございます。
KAZUさん、・・・まだまだ人生は終わりませんよ。
それに、良い知恵を持つ人にトップを走っていただかないと、未熟者は道を誤ることもあります。
振り返って、思い出に浸るのは、まだ先ですよ。

それと、
お知らせです。
新・個室『銀杏の間』にて、は次回で終了です。
また、いつか。

KAZU! 2008年4月30日 05:30

松紫さん!お早う御座います!素敵なコメント!有難う御座います!でも!冗談はヨシコさんですよ!「銀杏の間は」継続しなくては成りませんよ!継続は力ですよ!私も毎日勉強に勤しんで居ります!どうか松紫さん!も継続!宜しくお願い致し
マンマミーア!!(笑い!!)
頑張って下さい!

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