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新・個室『銀杏の間』にて ~にしん開き醤油干し~

中嶋彩子(29歳)は、3歳になる息子を連れて、『割烹ゑびす』銀杏の間に来ている。
息子の名は、健太と言う。銀杏の間に洗濯機のダンボールを持ち込み、その中に入って遊んでいる。
「ねえ、ここは、銀杏の間でしょう?じゃあここは、何の間?」
「健ちゃんの間かな~?」
「ブー!渦巻きの間ー。グルグルグルグル~」
3歳のおしゃべり王子は、ダンボールの中で回って、おどけて見せる。
「う~ん。目が回る~。アハハハハハハハ」
「楽しそうだね~」

 

楽しそうにはしゃぐ健太から視線を移し、私は、銀杏の間を見渡す。

「騙されたと思って、一回行ってみなよ。きっと好きな雰囲気だと思うよ」
そう言って、割烹ゑびすを薦めたのは、4年前に別れた元カレだ。
再会してからは、友達のような付き合いをしている。
ダラダラ、ズルズルと続いているという意味ではなく、きちんと距離が置かれた関係の友達付き合いだ。
そんな元カレが、数週間前に会った時に、「一回行ってみなよ」と言ったのだった。
一人で行くには勇気がいるので、健太も連れて、元カレとの食事ということになった。
なるほど・・・。気取っていないけど、品があって、いい雰囲気のお店だな、と私は思う。
なんて言うか・・・、非常に落ち着く。
店内には、ロイ・オービンソンのプリティ・ウーマンが流れていて、映画のヒロインになったような気分だ。
 
「騙されたと思って、オレと付き合ってみない?きっと楽しいよ」
そう言われて、始まった恋愛だった。
騙されたと思って・・・、と言うのが彼の口癖、と言うか口説き文句だったのだろう。
「騙されたと思って、髪の毛、茶色にしてみなよ。きっと似合うよ」
「騙されたと思って、このCD聴いてみなよ。きっと気に入ると思うよ」
「騙されたと思って、ラベンダー畑に行こうよ。きっとキレイだよ」
「騙されたと思って、手を握ってごらん。きっと安心できるよ」
「騙されたと思って・・・」
元カレのこの台詞は、どちらかと言えば内向的だった私の生活を華やかにする”魔法の言葉”になっていた。
 
しかし、その魔法は、すぐ解けることとなった。
元カレの「騙されたと思って・・・」は、まさに口癖で、まさに口説き文句だったからだ。
周りの女の子は、ほぼ全員がこの台詞を聞いていたし、偶然会った沖縄の人も「騙されたと思って・・・って男の人知ってるよ」と言っていた。
一体、何人の女性に、この台詞を言ったのだろう?
私にとっては、魔法の言葉だったのに・・・。
 
「騙されたと思って、私と別れてよ!
もう嫌いになったかも!私は一回気持ちが無くなると、とことん嫌いになるタイプだから!
もう・・・ひとりで生きていくから、いいよ・・・。
別れましょう。・・・きっと、その方がお互いいい人生になるよ」
・・・最後の日の私の台詞。それは、私が自分自身にかけた魔法の言葉のつもりだった。
でもこれは、本心とは掛け離れた、私の嘘だ・・・。
(ひとりで生きていくから、いいよ・・・)
この時、すでに私は、ひとりではなかったからだ・・・。
 
そんなことを思い出しながら、私は、優しい目で健太を見つめる。
ダンボールの中で「ねえ、銀杏って何色?赤?青?黄色?アハハハハ」と、笑いながら聞いてきた時、襖が開き、女将が入って来た。
スッ。
部屋の空気が一瞬にして変わる。
ここの女将の佇まいを見て、私とは全く違う女性の人生を歩んで来たのだろうと思う。
さっきまで、ペラペラと口数多く喋っていた健太が、一瞬、息を止める。そして、分かりやすく生ツバを飲み込んでいる。
ゴクリ・・・。
凛とした美しさを持つ女将は、きっと、こうして今までに、数多くの男達の息を止めてきたことだろう。
実際に、目の前で3歳の子供の息が一瞬止まった。
ただ・・・そこは子供だ。
すぐに、いつもの調子で喋り始める。
なんてたって、おしゃべり王子だ。
 
「ようこそいらっしゃいませ」と、女将が微笑む。
「ねえ、おばさん。ここの”渦巻きの間”見てー!グルグルグルグル~」
ダンボールの中で、健太なりのあいさつをする。
「すみません!」私は、女将に頭を下げ、健太にゲンコのジェスチャーをする。「コラッ!」
女将が健太に微笑みかけ、そして、スーッと笑顔を消してゆく演技をして、ひと言言う。
「ダンボールから出てらっしゃい!それに・・・、おばさんじゃないのよ!」
「ご、ごめんなさい・・・」と、すっかり怯えた表情の健太。
「ふふふ。驚いた?冗談よ」と、女将が優しく微笑む。
 
「ずっと、”渦巻きの間”の中だと、お腹が空いたでしょう?」
そう言って、女将がテーブルの上に並べたのは、焼魚だ。
Dscn1918
ほんわりと、湯気が上がっている。
「ねえ、美味しそうな匂いがするね」健太が私に言う。
「これは、にしんの醤油干しです」
「ねえ、にしんって、お魚?水族館にいる?泳ぐの上手い?茶色なの?」今度は、女将に言う。
「にしんは、北の寒い海に住むお魚です」
女将が、健太に、そして私に微笑んで答える。
「にしんって、骨がいっぱいで食べづらいイメージがありますよね。
ふふふ。そこがいいんだよ、って言うお客様もいらっしゃいますけどね。
ところが、フィーレに、あっ、フィーレって三枚おろしの半身のことですけど。
フィーレにすると、食べやすいんですよ。
・・・騙されたと思って、どうぞ」
私は、女将を見つめ、にしんの醤油干しに目を移す。そして、僅かな時間考え、ゆっくりと箸を伸ばす。
パクッ!
あっ!食べやすい。骨が気にならない。
そして、この脂のり。
にしん独特の身の味と調味の絶妙なバランス・・・。
顔を上げると、女将が満足気な表情でこちらを見ている。
「ねえ、美味しいの?教えて~」
 
「原料は、ロシア産です。
北海道でもにしんが水揚げされますけど、今、干物として出回っているのは、アメリカ産やロシア産が多いようですね。
ロシアって、北にあるでしょう?
寒い海にいるから、にしんも脂のりが良いんですって。
それに、お腹に卵を抱える前の1月~2月に水揚げされた原料なので、栄養が全部、身に入っているんです」
女将の説明を聞き、私は、この脂のりの良さの正体を知る。
「ねえねえ、茶色いけど、美味しいの?」
 
「味付けは、天日塩と醤油です。
天日塩は、ミネラルが豊富なんです。魚に塩をすると、余分な水分が抜けて、旨みが残るんです。
そして、有機丸大豆を使用した醤油ベースの特製の味付けになっています。
そのタレに一晩漬け込んで、干し時間を短くして、ソフトでまろやかな食感に仕上げています。
にしんの旨みが生かされている・・・違うかしら?にしんの旨みが引き出されている・・・が正しいかしら?
・・・私は、にしんの料理の中で、これが一番好きです」
嬉しそうに、女将が言う。
「どうですか?茶色ですけど、騙されたと思って・・・」女将が健太に言う。
健太は、覚束ない箸の使い方で、ひと口。
パクリ。
「うん!美味しいね!」
 
「お連れ様がお着きです」と、襖の向こうで声がする。
女将が「はい」と返事をして、襖を開け、「どうぞ」と案内をする。
開けられた襖の向こうに見えた姿は、元カレだ。
「ごめん。遅れちゃって!」と、私に向かって、両手を合わせる。
「おっ、健太。大きくなったなー。お魚食べているのか?どうだ、美味しいか?」
そう言いながら、私達の向かいに座る元カレに、健太が無邪気な笑顔で答える。
「ねえ、騙されたと思って、食べてみなよ。きっと一番好きになると思うよ」

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コメント: 1

KAZU! 2008年4月17日 03:07

松紫さん!お早う御座います!今回のは子供との会話ですね!良いですね!子供は!!でも、子供はけっこう残酷なんですよ!真実をズバですよね!真実は
厳しいものなんですよね!本当は!!大人社会は繕い過ぎるから、辛くなるのですよね!!
何時までも少年の心でいれる様にお互い頑張りましょう!!
かず君の独り言でした!!

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