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新・個室『銀杏の間』にて ~野付の大玉ほたて~

永田博美(17歳)は、すっかり途方に暮れ、彼は、本気で落ち込み、これからどうしようかと、考え込んでいる様子だった。
右隣を歩いている彼の顔は、今にも泣き出しそうなほど、悲壮感に満ちている。
そして、多分・・・私もそんな顔をしているに違いない。
通りですれ違う人達も、私達を包む暗い空気に気づいているだろう。
降り落ちてきた雨粒が通りのアスファルトの色を変えてゆくのを見ていると、一層、暗い気分になる。
いつまでも降り続きそうな雨・・・。いつまでも濡れ続ける二人・・・。
・・・トボトボと、傘も差さずに歩く二人には、まったく明るい要素が無かった。
 

二人は、ロミオとジュリエットだった。
信じてもらえないかもしれないが、”禁じられた恋”と言うのが、今の時代も存在する。
大人の世界のつまらない問題も、私達にとっては、実にシリアスな問題だ。
育毛剤研究の第一人者の父を持つ彼と、ウィッグ職人の子として育った私は、許されぬ関係だった。
私の父親は、交際に激しく反対し、ハゲた頭と顔を真っ赤にして、二人を怒鳴り散らした。
彼の父親も、二人の関係にいい顔をしていない。呆れた表情で前髪を邪魔そうに払って、聞こえるように、大きなため息をついた。
しかし、”禁じられた”という状況が、追い詰められた二人の気分を盛り上げた。
実際、彼に「私をさらって逃げてよ!」と、切迫した声色で言うと、
彼のヒロイズムを刺激したのか、「二人で逃げよう!いや、逃げるしかないよ!」と、突き動かしたのだった。
そうして、何の準備もないまま、飛び出したのだ。
 
遊歩道を歩くと、向こうにぼんやりと灯りが見えてきた。
「・・・灯りだね」と、私はつぶやく。
私と彼は、逃げ込むようにして、その灯りの正体である”割烹ゑびす”の扉を開いた。
雨に濡れた二人は、割烹ゑびすに似つかわしくなかった。
私は、セシル・マクビーの黒いホットパンツに紫のパーカーを合わせて、精一杯に大人びた格好をしたつもりだったが、
この割烹ゑびすの雰囲気の中では、子供っぽく思えて、私は、恥ずかしい気分になった。
ステラで買い物をしている時も、クラブで遊んでいる時も、居酒屋に入った時も、こんな気分は味わったことがない。
ここは、大人が来る場所なんだなあと、急に、居心地の悪さを感じる。
 
「いらっしゃいませ」
着物姿の凛とした佇まいの女性が言う。女将さんだろうか?
女将らしき女性は、シリアスな表情で私達を見据えた後、優しい微笑みで”銀杏の間”へと案内してくれた。
耳を澄ますと、ルイ・アームストロングの”この素晴らしき世界”が流れている。
不思議だ・・・。ほんの一瞬、この広大なイメージのメロディに救われた気がした。
 
「これからどうしよう・・・?」
右隣に座った彼は、さっきから弱音ばかり口にしている。
私の向かいではなく、隣に座ったところに、彼の心の弱さが見える。
「男なんだから、アンタが決めてよ!」
私は、そんな彼に逆ギレする。
(どうしよう・・・?そんな不安な気持ちは、私も一緒だ・・・。だから・・・、そんな分かり切っていることは、いちいち口にしないでよ!)
「お金も少ししかないしさー。
帰ったら、きっと殺されるよー。
もう死ぬしかないよー。
まじ、ヤバいって・・・」
おどおどと、マイナスのことばかり口にする彼。
こういう時だからこそ、元気づけよう!と言う心の広さはないのだろうか?
私だって、何か他の事を考えていないと、嫌な思いばかり頭に浮かんでくるよ・・・。
(お金がない・・・。今夜はどこに泊まろう・・・。明日、着る服がないな・・・。臭いって言われたらイヤだな・・・。学校で噂になったらイヤだな・・・)
イヤだ!イヤだ!イヤだ!イヤだ!
私は、がっかりして、こういう状況になってしまったことを後悔している。
心の底から深いため息がもれる。
「・・・はぁ」
 
スッ。
そのため息を逃がすように襖が開き、さっきの女将らしき女性が入って来る。
一瞬で、部屋の空気の密度が変わるのが分かる。
優しく微笑みかけてくれるが、私は、この場所に似合わない子供なのだと思うと、恥ずかしくなり、うつむくしかない。
「どうぞ」
そう言って、テーブルの上に乗せられた料理は、ほたての貝柱だ。
もじもじと、私と彼は目を合わせる。
「あの・・・、頼んでませんけど・・・」
困惑する私に、女将らしき女性が微笑みかけ、もう一度「どうぞ」と言う。
 
Dscn1910
「こちらは、お刺身です。
Dscn1913
そして、こちらは、アスパラを添えたほたて貝柱のソテーです」
普段見ているほたて貝柱とあきらかに違うのは、この大きさだ。
私と彼が思わず口にした台詞は一緒だった。
「でっ、でかい!」
そうでしょう、と言った意味合いを含んだ表情で「どうぞ、お召し上がり下さい」と言う。
私は、もう一度テーブルのほたてを見る。
ドーン!この大きさ!
とてもひと口では食べることは出来ないけど、大きく口を開けて、パクッ!
プリッ!この歯応え!
そして、噛む。噛む。噛む。う~ん。
ジュワー!この甘み!
「あっ、あまい!」
ここでも、私と彼が思わず口にした台詞は、一緒だった。
 
「これは、野付の大玉ほたてです」
女将らしき女性は、ゆっくりした口調で、ほたてについて説明を始める。
「野付のほたて漁は、まだ寒い2月から行われます。
まだ流氷が残っている季節かしらね。
6月まで漁は続くんですよ。
ものすごく潮の流れが速い海域で、漁が行われているんですって。
巽(たつみ)って名前だったかしら」
「へー、カッコいい名前ですね」と彼が言う。
「ふふふ」と女将らしき女性。
彼は、もう一度、ほたてを口に運び、噛んで、噛んで、噛んで、噛みしめる。
「大きな漁船で、熊手みたいなものを使って、海底を曳きながら、ほたてを採ってゆくんです」
私は、ルーレットでベットしたチップをディーラーがレイクで総ざらいするのを想像する。
「・・・全部持ってかれそう・・・」
「ふふふ。でも、大丈夫!」と女将が微笑む。
「毎年3月~6月、稚貝の放流をしているんです。
そして、栄養豊富な海で4年間過ごすんです。
だから、野付のほたては・・・、こんなに大玉なんです。貝柱の直径が6cm以上になるんです」
「野付って、確か・・・、北海しまえびじゃなかったっけ?」
「そう。打瀬舟が有名ですよね。
漁期、網目のサイズ制限で、資源保護にも徹底して取り組んでいます。
それと、魚付き林の植樹も有名です。
獲る漁業から環境を守りながら資源を循環させる漁業へ、って感じですよね」
 
大きいほたての刺身は、肌色をしていて、潤いたっぷりの肌のようだ。
心が安らぐ色・・・。
ほたてのソテーは、あたたかくて、口に入れると、さっきまでのイヤな思いが消えてゆくようだ。
心が安らぐ温度・・・。
お刺身にわさびを付けて、ひと口。パクッ。
食感が楽しめるように、繊維に沿って切ってある。
この弾力にも安心感がある。
「・・・美味しい」と、私と彼。
 
「ほたての移動の仕方って、とてもユーモラスなんですよ」
貝柱を伸縮させて、海水を吸い込んで、蝶つがいの方から噴射しながら進むんです。
こうやって、口をパクッ、パクッ、パクッ、パクッってさせながら、海中を進んでいるの、テレビで観た時、とても可愛いって思っちゃった」
そう言って、女将らしき女性は、しなやかな手でジェスチャーをして、ケラケラと笑う。
「フラフラ、フラフラして、不安定で・・・。まるで・・・、今のお二人と一緒・・・」
「・・・」
「・・・」
 
「・・・雨の始まりと終わりって、見たことありますか?」
女将らしき女性は、そう言って、再び話し始める。
「私は、あるんです。私が見たのは、雨の終わり・・・。
本当に、ここで雨が終わりですって、アスファルトにラインが出来るんですよ。黒と灰色がくっきりと分かれて。
雨のカーテンをくぐると、こっちは雨、こっちは曇りって分かれているんです。
・・・信じてないでしょう?でも、本当なんですよ。
今度は、虹の始まりを見てみたいなあって、思っているんです・・・」
 
その話を聞きながら、彼が私の手を握る。
「・・・あったかい」と私。
「・・・あったかいね」と彼。
もう一度、私は、大きく口を開け、ほたてのソテーを食べる。そして、噛む。噛む。噛む。
「・・・う~ん。あまい!」
本当に、雨の終わりも、虹の始まりにも出会えそうな気がした。

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野付漁協の『野付の大玉ほたて』は、トドックで好評発売中です。

コメント: 2

KAZU! 2008年4月11日 04:48

松紫さん!お早う御座います!今回のストーリーはロマンテイツクですね!虹の彼方で再び巡り合いそうな予感を感じさせますね!64億の奇跡の出会いを大事に!そうして巡り合えた人との喜びを忘れずに生きたいですね!!

松紫 2008年4月11日 12:09

最近、迷走状態だったので、褒められると嬉しいです。ありがとうございます。
おっしゃる通り、出会いはとても大切です。日々、貴重な体験をしているのだと、実感して生きていけば、もっとポジティブな人生になるかもしれませんね。
では。

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