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新・個室『銀杏の間』にて ~漁師のまぐろどん~

PM6時45分。

ここは、都会の隠れ家的な一室『割烹ゑびす』銀杏の間。

店内には、チェット・ベイカーが歌うマイ・ファニー・バレンタインが静かに流れている。

里田麻衣子(27歳)は、職場の後輩の加藤一樹を待っている。

加藤にどうしても言いたいことがあって、麻衣子から誘ったのだ。

加藤に対して好意を抱いている訳ではない。

むしろ、まったくと言っていい程、男としての魅力を感じていない。

自分の仕事に自信を持てず、消極的になって常におどおどとしている加藤に、どうしても、ひと言言いたくて我慢できなくなったのだ。

頼りない雰囲気と自分の意見を言えない加藤に、いい加減イライラしている。

 

食事の場所は、職場の近くのファミレスでもよかったのだが、

『割烹ゑびす』を選んだのは、3歳年上の大人の女のプライドからだ。

それと、魚料理が美味しいのと女将のサバサバした態度に好感を持っていることも、ここを選んだ理由になっている。

誘ったのだから、自分が先に着いているのは当然だろうと、麻衣子は早めに行って加藤を待つことにした。

待つ時間は苦にならない。

・・・高校生の頃からだろうか。

待ち時間が出来ると、不思議と思い出すことがある。

麻衣子は、テーブルに肘をつき、左手の指で光沢を放っているマニキュアを眺める。

静かに目を閉じると、その映像は古い映画のようにカタカタと音を立てて流れ始めた。

 

子供の頃の私が、画用紙を前にして12色のクレヨンケースを開いている。

赤色がお気に入りだ。

どの色よりも極端に短くなっている赤いクレヨンを手に取り、白い画用紙に花とか、太陽とか、お母さんとか、赤いスカートをはいた私の絵を描いている。

白い画用紙が赤くなってゆくのが、すごく楽しい。クレヨンを握る小さな手にも力が入る。

・・・。

今でも赤色は好きだ。

情熱とか感じるし・・・。赤い下着を着けると血行が良くなると聞いたこともあるし・・・。

とにかく、元気が出る色、ポジティブな色だと思う。

 

バタタ、バタタと軽快とは言えない靴音が近づいて来る。

加藤だ。

デリカシーのない足音・・・。

スッと襖が開く。

加藤は、昨年の春入社してきた大学出の二十歳台前半の男で、麻衣子の3年後輩に当たる。

入社当初は、体重90キロの体格だったが、仕事上のストレスのせいだと思うが、今は60キロ前半ぐらいだろう。ここ数ヶ月で病的な痩せ方をしている。

「あっ・・・すみません。遅れちゃって・・・」

PM7時前。

遅れた訳ではないが、加藤は、おどおどした愛想笑いを麻衣子に向ける。

そんな表情のひとつとっても、癇に障って、麻衣子はイライラする。

「もうちょっと自信持ったらどうなの?」そんな台詞がすぐにでも出てしまいそうだ。

我慢せずに、ワーッと言ってしまえば、どんなに気持ち良いいだろうと思う。

そんな衝動をグッと抑えて、ひとつ溜息をつく。

「加藤君、ビールでいいんでしょ?」

「あっ・・・はい」

おどおどした返事。

麻衣子のイライラは募るばかりだ。

 

スッと襖が開き、瓶ビールとグラスがふたつ運ばれてくる。

テキパキと麻衣子がビールを注ぎ、「お疲れ」と、カンパーイの代わりに言う。

「あっ・・・お疲れ様です」

やっぱり、おどおどした返事。

「ふぅ・・・。

加藤君ってさぁ、

お客さんからのTELでおどおど。

取引先の担当者の冗談におどおど。

上司から注意されおどおど。

会議中に意見を求められおどおど。

星取表におどおど。

後の車にクラクションを鳴らされおどおど・・・」

「・・・」

麻衣子の目の前には、伏し目がちな加藤の姿があり、今にも涙がこぼれそうな、切ない表情をしている。

どこかで見たことのある表情・・・。

それは、数年前の麻衣子自身の表情・・・。

 

あの時、

私が今の加藤の立場で、ひどく落ち込んだ毎日を過ごしていて、それを見兼ねた美希先輩から食事に誘われたことがあった。

今にも泣き出しそうな表情をしている私に、美希先輩は素直な感じでこう言ってくれた。

「麻衣子の笑顔を見てるとさ、なんだか幸せな気分になるよね。

・・・だから、その笑顔を見せないのは罪なことなんだよ。

麻衣子の知らないところで、誰かがホッとしているかもしれないよ」

 

「・・・」

テーブルの向かいの加藤を見ると、うつむいて悲しそうだ。

「なにやってるんだろう、自分・・・」

もっと言ってあげなきゃいけない言葉があったはずなのに・・・。

あーあ、自己嫌悪。

心の中のモヤモヤが言葉になり、意志とは関係なく、口から出てゆく。

「・・・まったく!もっとシャンとしなさいよ!

・・・もう・・・」

その言葉・・・自分に言っている。

その事に気付くと、麻衣子は今にも泣き出しそうな表情になる。

 

スッと襖が開き、女将が丼を運んで来る。

「漁師のまぐろどんです」

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丼の上のまぐろは、鮮やかな赤色の光沢を放ち、タレに絡まってテラテラと輝いている。

「きれい」

思わず麻衣子がつぶやく。

「きはだまぐろを使っています」

きはだと言えば静岡、焼津産。漁獲量、生産額とも日本一だが、

この丼は、土佐地方の漁師の料理だと言う。

沖合いで釣り上げたまぐろの刺身を食べ飽きた時、

醤油、酒、砂糖、おろし生姜、刻みネギを加えたタレにまぐろのぶつ切りを漬け込み、ご飯にぶっかけて食べたことに由来していると言う。

きはだまぐろは、脂が少ないので味が淡白。

だからこそ、こういう漬け丼に合うのだと、女将が説明をする。

「薬味がポイントなんですよ」

凛とした気品を感じる女将の声色に、麻衣子と加藤は惹き付けられる。

「白ゴマを軽く炒ってすったもの。もみのり。小口切りした万能ネギです」

「美味しそう~」

加藤の素直な声が、銀杏の間に響く。明るい声だ。

加藤自身、思わず出た自分の台詞にびっくりして、麻衣子と女将の顔を見て、照れ笑いをする。

 

きはだの身の色は濃いピンクだが、今は照りのあるタレに漬けられ、ご飯の上で鮮やかな赤色に輝いている。

「なんだか赤って・・・元気が出ますよね」

まぐろ丼を食べながら、加藤が言う。

麻衣子は、その言葉に笑顔で答える。(・・・そうだね。元気が出るポジティブな色だよね)

 

「里田さんの笑顔を見てると、なんだか元気が出ます」

「・・・つまらないこと言わないでよ!バカ!」

店内には、チェット・ベイカーの甘い歌声が流れている。

 

 

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土佐鰹水産の「漁師のまぐろどん」は、トドックで好評発売中です。

 

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