- 2007年11月28日 06:00
- 個室「銀杏の間にて」
用意周到だろうか?抜かりは無いだろうか?
私は、『割烹ゑびす』へと向かう遊歩道で、銀杏の間が”向日葵の間”に変わっているのを想像している。
今夜、私は、決戦の日を迎えている。再び、ナナコにアタック!プロポーズを試みる。
それほど肩肘を張っている訳ではないが、ただ、緊張で震えが止まらない・・・。
数週間前、『割烹ゑびす』銀杏の間で、私は、プレイボーイの新垣さんと食事をし、プロポーズについてのレクチャーを受けた。
それは、同時に、男とは何たるかを教わることでもあった。
「結局、手間を掛けても、美味しくならないのが、男ってヤツだ・・・。分かるか?」
プレイボーイの新垣さんの言葉だ。
その言葉を聞き、いい意味で、気持ちを吹っ切ることが出来た。
そうだ・・・。今さらカッコつけても仕方がない。
私は、プレイボーイの新垣さんに教えて頂いたHow Toを実践することにした。
賢人の教えを、真摯に受け止めようと決めた。
私のチープな発想では、この事態を好転させるいいアイディアは、死ぬまで浮かんでこないだろう・・・。
今夜、”プロポーズ①花を贈る”を実行する。
何を贈ったらいいだろうか?
私は、この数日間、何度もナナコとの思い出を遡った。
喧嘩した後に、よく花畑を見に行ったことを思い出した。行きの車の中は、お互い無口で、帰りは打ち解けて、笑い合った。
雨の日の芝桜。ラベンダー畑の中に整然と咲いている、色とりどりの花々。真夏の太陽の下で、どこまでも続くひまわり畑。
・・・あの夏の思い出のワンシーン・・・。私は、ひまわり畑を贈ろうと決めた。
明るく、太陽のようで、黄色く燃えている。夏の青い空の下で、果てしなく広がる、あの夏の日のひまわり畑だ・・・。
黄色い花は、気持ちを明るくさせる、と私は思う。
私とナナコの結婚パーティーも黄色い花をメインにして、会場を飾った。
8月生まれの私の母親も、好きな花は、ひまわりだと言っていた。
母親の誕生日に、ひまわりのキーホルダーを贈った記憶がある。
・・・ナナコは、ひまわり畑に行ったことを憶えているだろうか?
まず、ひまわりを探さなければならない。
残念ながら、今は11月。日本のひまわりは、9月に見頃を迎える九州が最後で、シーズンは既に終わっている。
アルゼンチンまで探しに行こうかと思ったが、そんな気持ちはあっても、お金と時間が私には無かった。
いいアイディアかどうかは、分からないが、私は、ひとつの案を講じる。
あの夏の日のひまわり畑の写真を、ファッションビルの広告塔のように大きくコピーし、パネルに貼り付け、銀杏の間へと持ち込む。
二畳ほどの大きさのパネルが12枚。四方の壁と天井を隠すように、幾重にもセッティングさせる。
私とナナコが、夏の日のひまわり畑の中にいるような設定。
・・・悪くない。シュチュエーションは、これでいい。
もうひとつ、肝心な問題がある。
私は、その時の台詞をどうしようかと、悩んでいる。
「憶えてるかい?このシーン・・・。僕が心を決めた日と同じ風景だ。今度は、君が心を決める番だよ」
確か、プレイボーイの新垣さんの台詞をこうだった。
どうしよう?
『割烹ゑびす』に入ると、ベビーフェイスの女将が、私を確認し、ウインクを投げる。
どうやら、準備は万端のようだ。
私は、急ぎ足で、銀杏の間の襖を開ける。
スッ。
・・・うわぁー!
思わず声が出る。目に飛び込んでくる、果てしないひまわり畑・・・。
・・・素晴らしい・・・、見事に”向日葵の間”に変身している。
私は、女将に感謝し、ナナコが入って来た時の、驚きの表情と嬉しそうな表情を想像する。
しばし、目を閉じて、いい結果を夢見る・・・。
カツカツカツカツカツカツ。スッ。
ナナコのブーツが床を叩く音が近づき、襖が開く。
「えっ・・・うわぁー、すごい・・・」
・・・だろう。・・・私は、得意気だ。
ナナコは、部屋中を見回している。右を見ても、左を見ても、正面を見ても、上を見ても、ナナコの瞳には、ひまわり畑が映る。
「はぁ~・・・」
潤ったルージュの唇から、うっとりとした溜息が漏れる。
これは、かなりの好感触かも・・・。
ひまわり畑を見渡すたびに、ナナコの髪の毛がふわふわと揺れ、いい香りが私の鼻先をくすぐる。
髪を切ったんだ・・・。似合っているよ。
「”ふわもてヘアー”って、雑誌に載っているけど、本当は何て言うヘアースタイルか、分からないの。でも、周りには、結構好評なのよ」
ナナコが、はにかんだ笑顔で応える。
何か、飲もうか?
「上善如水だっけ?」
そうだよ。
私は、ホッとひと息つき、いつもの田酒を頼む。
間もなく、地酒と一緒に、焼魚が運ばれてきた。
「これは、氷温乾燥の一夜干し真ほっけ開きです」
女将は、そう言った後、周りを見渡し、素敵な部屋ね・・・、と嬉しそうに、ひと言付け加えて、出て行く。
まあ、食べようよ!
ふたりの目の前で、開きほっけのハラスの脂がパチパチと弾けている。
「すごい美味しそう!」
このほっけは、普段、お店で見掛ける開きほっけとは、ちょっと違うんだよ。
さっき、氷温乾燥って、言ってただろう。
「ヒョウオン乾燥?」
魚が凍る直前の温度帯、0℃以下の氷温域で除湿してるんだよ。
「あっ!氷温乾燥ね」
そう。これは、昔の漁師の”寒干し”を再現した味なんだよ。
普段、見慣れている開きほっけって、飴色をしているだろう?
あれって、20℃前後の風で、6~8時間ぐらい乾燥させているんだけど、
これは、0℃~-3℃の氷温帯で、じっくりと時間を掛けて除湿乾燥している。
熟成されて、魚本来の風味や旨みが増す。旨み成分が増すのは、飴色の干物も同じだ。
より生に近い食感、ふっくらしたソフトな食感が、氷温乾燥の特徴だよ。
あっ、そうだ。”ほっけ”って、漢字でどう書くか知ってる?
魚偏に花って書くんだよ。
青緑色の幼魚が群れて、泳ぐ姿が花のように見えるから、そう書くんだって。
ほっけが獲れている風景も、このひまわり畑のように壮大だよ。
ひまわりのようにキレイじゃないけどね・・・ハハハ・・・。
”ほっけ”って北海道の魚って感じがするよね。これは、どこの産地だろう?
干物の原料としてのほっけは、羅臼、礼文が有名だ。聞いたことない?
羅臼は、5~6月頃の春漁と10~11月頃の秋漁がある。刺し網漁だ。
利尻・礼文の漁は、6~9月頃で巻き網漁。
ほっけは、大きければ脂のりが良いとも限らない。小さくても脂のりが良いものがあるから、不思議なんだよね。
原料の吟味がとても大変だって、聞くけど・・・。
干物の加工屋さんは、粗脂肪率を測って、原料の買い付けを行ってるって。
そう言って、私は、中骨をピリピリピリと剥がし、ホクホクの身をひと口。
・・・う~ん。身離れが抜群だ。
このほっけなら・・・最低でも粗脂肪率は、10%以上はあるだろう。
ナナコもひと口。ホクホクの身を、パクッ。
美味しいだろう?
と、ナナコを見つめると、はにかんだ笑顔をしている。
照れ臭さが伝染して、こっちまで、どうにもドキドキしてくる・・・。
この12枚のパネルの中に1枚だけ、笑顔のナナコがひまわり畑をバックにして写っているものを潜ませておいた。
今日までの数日間、ひまわり畑のナナコの写真を見ていると、私は、どうしようもない程、切なくなった。
この笑顔を失ったのは、愚かだったってことに気付いたし、
ナナコからこの笑顔を奪っていたのは、罪深いことだったと気付いたんだ・・・。
・・・もう一度、初めからやり直したい。
隣にいて欲しい・・・。
私は、ほっけを突付きながら、あの夏の日のひまわり畑の思い出を話している。
喧嘩した後に見に行って、仲直りして帰ってきたよね。ナナコ、憶えてる?
ひまわりの花言葉は、”あなただけを見つめている”、”あなたは素晴らしい”なんだよ・・・。
そんな私の台詞を聞いているのか、いないのか。
ナナコは、自分が写っているパネルを見つけて、はにかんだ笑顔だ。
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