- 2007年11月20日 07:30
- 個室「銀杏の間にて」
今夜は、男ふたりで飲んでいる。
ここ『割烹ゑびす』では、ナナコと食事することがほとんどで、
私が、男と食事をしたのは、過去に3人ぐらいなものだろうか。
実を言うと、今夜、
『割烹ゑびす』を教えてもらった人物と飲んでいる。初めて、ここ銀杏の間で御一緒した人物。
プレイボーイの新垣さんだ。
還暦をとうに迎え、年金生活に入って13年目という噂も聞くが、肌の艶と身のこなし、身なりは50代前半に見える。
実際の年齢は分からないが、年齢を知ったところで、何がどうなる訳でもない。
「50代、60代の男が、30代の魅力を追いかけることはない。
毎日、自信と誇りを持って、堂々と胸を張って、背筋をシャンと伸ばして歩いてゆくだけだ」
初めて来た銀杏の間で、プレイボーイの新垣さんは、そんなことを言っていた。
プレイボーイの新垣さんは、いつ会っても、ハンサムのお手本のような格好をしている。
今日も、限りなく黒に近い深緑の地に、細い茶色のピンストライプが入っているスーツを着ている。
スーツは、1930年代のジャズミュージシャンが着ていたようなシルエットだ。ダブルでボタンは4つ。
ジュリーの様に、ソフト帽を斜めに被っている。胸ポケットには、真紅のシルク地のチーフを覗かせている。
帽子を取ると、髪の毛は、すっかり薄くなっているが、
それがかえって、精力的な印象を与える。
時代遅れのファッションだが、スマートでイカしている、と私は思う。
そして、普遍的な男と女の関係と愛のミステリーについて語ってくれる。
今夜、私は、永遠のプレイボーイ新垣さんに、そんな教えを請おうと思っている。
「そうか・・・、いよいよクライマックス・・・ってことか」
低く、太い声でそう言って、プレイボーイの新垣さんは、ほくそ笑む。
私は、ここ最近のナナコとの関係、距離、ポジションなどを説明する。
「男は、チャーミングなのがモテるんだよ」
バーボンのグラスの氷が、カランと音を立て、銀杏の間に響く。男ふたりの空間に、この余韻がいい・・・。
「その”いか塩辛”を食べてみな・・・。気付くかい?
”いか塩辛”って、ひと括りで言っても、いろいろある。
これは、食べ比べると分かる。
耳や足を使ったもの、胴体の部分だけを使ったもの。浅漬けタイプ、しっかり熟成したタイプ。
国産のいかにこだわったもの、輸入原料を使っているもの。
ゴロの苦味が強いもの、弱いもの。甘いもの、しょっぱいもの。色も赤いものから無着色まで、様々だ・・・。
だがな・・・、
不思議なことに、どの”いか塩辛”にもファンがいる。
この塩辛じゃないとダメ!っていう何かがあるんだ。
男も一緒だ・・・」
私は、はぁ、と間抜けな表情になる。
・・・分かりずらい・・・。プレイボーイの新垣さんの”例え下手”は相変わらずだ・・・。
私のそんな気持ちなど、気にもせず、プレイボーイの新垣さんは、満足した表情でどんどん話を進める。
「こいつは、オレの好きな塩辛だ」
そう言って、右手に持った箸で、小鉢を指し示す。
「函館のいかを使っている。そして、これが胴、これが耳、これが足だ。いかを丸ごと一本使って、作っているのが分かるだろう。
食べ応えと味わいがある・・・。食感が単調じゃなくていい。
この塩分の感じは、5~6%前後といったところだ。赤穂の天日塩だな・・・。
・・・アンタもひと口食べてみい」
では、ひと口。パク。
「苦味が少ないだろう?これは、ゴロ付近の脂を丁寧に除去している証拠だ。手間が掛っている」
もうひと口。パク。・・・なるほど。
胴、耳、足、ゴロ、いかを丸ごと使っているから、いか本来の旨み、食感がある・・・。
「・・・そういうことだ。美味いものを作るには、手間が掛る・・・。
男も一緒だ・・・」
再び、私は、はぁ、と間抜けな表情になる。
・・・分かりずらい・・・”例え下手”だな・・・。
「さてと・・・」
難しそうな表情で、そうひと声上げた後、プレイボーイの新垣さんの、女って言うのは・・・という講釈が始まる。
「手段を選ぶな!そういう意気込みじゃないとダメだ!」
強い視線と強い口調で、そう吠えた後で、ひと呼吸置いて、3つのHow To Loveを教えてくれる。
【プロポーズ①花を贈る】
「花束は大きい方がいい。だが、大きい花束で落とせるのは、20代までだ。
まずは、二人で映画を観ろ!ビデオでもいい。昔、デートした思い出の場所の写真でもいい。
花畑や、花に囲まれた風景があるだろう?
そこを切り取って、プレゼントするんだ。シーンを切り取るんだ!
バラ園ならバラ園、桜が舞い散る風景なら桜が舞い散る風景。そのままを再現する。
何事もそうだが、下調べと下準備が必要だ。
例えば、日本は冬・・・。桜なんか咲いていない。それでも、桜が咲いているどこかへ連れて行け!異国がいい!
そして、桜の木の下で、風を吹かせろ!彼女が、桜に包まれる!
そこで、ひと言!
”憶えているかい?このシーン・・・。僕が心を決めた日と同じ風景だ。今度は、君が心を決める番だよ”
・・・イチコロだ」
そんな無茶な・・・。
【プロポーズ②自作の歌を贈る】
「楽器は出来るか?ピアノがいい。ピアノには、既にストーリーがある。”もしもピアンが弾けたなら”って歌、知ってるか?
要は、あれだ。一生懸命、練習して、その成果を大舞台で見せる。
当然、大舞台に耐えられるだけの、練習を積まなければならない。
小さいライブハウスに誘え!そこへアンタは、遅れている振りをする。待っている彼女は、なかなか来ないアンタを待っている。
・・・もう分かるだろう?
照明が落ち、ピアノのソロが流れる。オーディエンスが、誰だ?誰だ?ってざわめいている。・・・スポットライトの当たるピアノに、・・・アンタがいるんだ。
とにかく・・・、間違ってもいい!緊張感が伝わるプレイをしろ!
そして、曲が終わって、ひと言!
”不器用なラブソングだけど、・・・届いたかな?”
スポットライトが彼女に当たる・・・。
・・・イチコロだ」
そんな無茶な・・・。
【プロポーズ③夜景を贈る】
夜景が見えるスポットへドライブするのは、免許取り立ての若造に任せておけばいい。
夜のビルの屋上へ上れ!
こっそり忍び込んだビルから見る夜景!二人だけの秘密のようで、グッと距離が近づく。
そこから見えるビルの窓の明かりで文字を作り、プロポーズしろ!
”LOVE NANAKO”でいいだろう。
そして、これが重要だ。ヘリポートにヘリを用意しろ!遊覧飛行だ!
夜景を見ながら、機内でひと言!
”見てごらん。宝石箱みたいだろう?・・・あの宝石がキレイだね”
そう言って、アンタは、夜景をつかむジェスチャーだ。彼女の目の前で、そっと開いた手の中には、ダイヤモンドが用意してある・・・。
・・・イチコロだ」
そんな無茶な・・・。
「勝負に出るなら、やっぱり金を掛けないとダメだ!
男は、その為に働いていると言ってもいい!
金は分かりやすい。どれだけ愛しているかの尺度になる」
・・・そういうものですか。
財力に自信のない私は、多少がっかりした表情になる。
「まあ、そうがっかりするな・・・。これを、食べてみい!」
そう言って、右手に持った箸で指し示されたのは、”いかわさび漬”だ。
プレイボーイの新垣さんは、”いかわさび漬”の上に乗っている化粧わさびを箸で退ける。
ツルッと裸になった白いいかが現れる。
食べてみろ!というジェスチャーで、箸を口元に持ってきてから、私の方へと向ける。
私は、輪切りになった”いかわさび漬”の胴体の一番太い部分をパクリ。
・・・何の味もしない・・・。冷めたボイルいかを食べているようだ・・・。
「・・・じゃあ、こっちは!」
プレイボーイの新垣さんは、同じジェスチャーで、隣の皿を指す。
私は、上に乗った飾りわさびを退け、やはり、一番太い胴部分をひと口。パクリ。
・・・う~ん、違う!味がある!
驚きの表情を隠さず、プレイボーイの新垣さんの顔を見ると、”してやったり顔”をしている。
「これは、函館産のいかだ。7~8月の前浜の小さいいかを使っている。
しっかりと、漬け込んでいる。
さっき食べたのは、ニュージーランド産だ。白くて、型が揃っている為、歩留まりがいい。
いかをボイルして、胴の中に足を入れて、わさびに漬けて、すぐ出荷。
しっかりと、漬け込まれていないんだ。
しっかりと漬け込まないと、ドリップは出るし、わさびは揮発性だから、味が飛んでしまう。
美味かった方は、ボイルした後に、粕に漬けて、3~4日間寝かしてある。
粕は、きめ細かいものを使わないとダメだ。
いかの繊維でも、味が入り込むものを使う。
しっかりと漬け込まれた後に、上に化粧わさびを乗せる。
・・・これは、昔ながらの作り方だ。
・・・そういうことだ。美味いものを作るには、手間が掛る・・・。
男も一緒だ・・・」
「金は必要だが、男と女の関係で、金なんてのは、化粧わさびみたいなものだ」
スッと、襖が開く。
「相変わらず、お盛んなのね」
ベビーフェイスの女将が小悪魔のような笑顔で、プレイボーイの新垣さんを見つめている。
「ハワイへ連れて行ってくれる約束とバッグと時計を買ってくれる約束とフレンチをご馳走してくれる約束は、いつ実現するのかしら?
友達が京都へ連れて行ってもらって、楽しかったって言ってたけど、わたしは、後回しみたいね!」
女将の言葉に、プレイボーイの新垣さんが動揺している。
「・・・おぉ、女将、いや、レイコちゃん。・・・ち、違うんだよ。今度・・・今度は必ず・・・。約束だ!そうだ、絶対約束だ!
だから・・・怒らないでよ。・・・頼む!・・・レイコちゃんが一番だよ!
よーし!明日、バッグと時計を買いに行こう!コスメも買おう!もう何でもプレゼントしちゃう!」
「やったー!」
女将が”してやったり顔”で、私に微笑む。
プレイボーイの新垣さんが、完全に手玉に取られている・・・。
この姿は、チャーミングというようりは、・・・お調子者!
「いいか・・・結局、手間を掛けても、美味しくならないのが、男ってヤツだ・・・。分かるか?」
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