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個室『銀杏の間』にて ~第十二話~

『割烹ゑびす』へと続いている遊歩道の落ち葉を踏むと、カサカサカサと音がする。

もう秋だな、と思うと同時に、私は、この季節が好きだったことを思い出す。

普段は意識しないので分からないが、ふとした瞬間に、こういう気持ちになることがある。

槙原が完全試合を達成し、長嶋監督が優勝した年は、小さい頃、巨人が好きだったことを思い出し、

ビートたけしがバイク事故で顔面麻痺になって、TV復帰の会見を観た時は、本気で嬉しくて、私は、ビートたけしが好きだったんだなぁ、と思ったし、

カーコンポからオーティス・レディングが流れると、夜に繁華街をドライブするのが好きだったのを思い出す。

落ち葉のカサカサを聞き、私は、そんなことを考えながら、ナナコの待つ銀杏の間へと向かった。

 

今夜の誘いは、ナナコからだった。

滅多にないことなので、私は、多少の胸騒ぎを感じている。

いつも待つ立場なので、待たせていることに違和感も感じている。

何かあったのだろうか?

 

ベビーフェイスの女将に軽く会釈をして、背筋をシャンとして、いつものふたりの場所、銀杏の間へと、歩を進める。

小さく深呼吸をひとつしてから、スッと襖を開ける。

視線の先に、ナナコが居る。

・・・待ったよね?

「ごめんね。忙しいのに、都合つけてもらって」

何言ってんだよ。いつでもナナコのことが最優先なんだぜ。

「そうだったかしら?」

いくらか硬い表情だが、それも含めて、ナナコらしい笑顔で答えてくる。

卓上には、既にビールの中ジョッキがひとつ置かれており、中身も1/4程になっている。

何かあったの?

「ちょっと聞いて欲しいことがあるの」

ナナコは早口で言う。怒りか、憎しみか、悲しみのせいか、ナナコの顔が上気している。

私は、ちょっと待って、とひと呼吸置いて、黒ビールを頼む。

 

「・・・仕事がイヤになったことってある?」

どうしたの?

「イライラ+自己嫌悪って感じ・・・。コスメって、クリスマス限定商品とかあるでしょう。今、その予約を取っているんだけど・・・、

わたしは、お客さんに喜んでもらってなんぼ、って思っているんだけど、その女は、売ってなんぼ、って言うわけ。

似合うとか、似合わないとか関係なくて、押し売りって感じで、やり方がすごく気に入らないんだよね。

ちょっと違うんじゃない!ってブチ切れてやろうか、って本気で思ったぐらい!

結局、言わなかったんだけど・・・。

だけど、あの女、”あなたも大人なんだから”って言ってー。

チョー腹立たない?

・・・それで終われば良かったんだけど・・・、その後、イライラしたまま接客したから、気持ちが入ってないの、お客さんに見透かされて・・・、

もうボロボロって感じ・・・。

いつも、キレイになってもらおうと思って、心掛けて接客してるのに・・・、もう、自分が情けなくて・・・。

悔しくて、悲しくて、情けなくて・・・って、この気持ち分かる?」

 

・・・。

ナナコの目に、薄っすらと涙が滲んでいる。

私は、思わず視線をそらしてしまう。

随分と昔のことだが、母親がパートに出ていて、何か失敗して家でさめざめと泣いていたのを見てしまったことを思い出す。

私は、理由の分からない怒り、憤りを感じて、何に対してか分からないけど、許せない!と思ったことがあった。

まだ子供だったから、母親が仕事で流す涙には、ひどいショックを受けた。

 

女性が仕事のことで涙を流しているのを見ると、今でも戸惑いを感じる。

かける言葉が見つからない・・・。

 

今、私は、そんなナナコに”頑張れ”と思っている。

思っているだけでは伝わらないので、声に出してみる。

ナナコ・・・頑張れよ・・・。

「別にいいわよ・・・。黙って聞いてくれるだけで・・・」

さっきまでの表情とは違い、幾らか、つかえの取れた表情をしている。

喋り方のペースも早口ではなく、ゆっくりとしている。

 

「失礼致します」

スッと襖が開き、沈黙が出来る前の絶妙なタイミングで、女将が入ってくる。

出て来た料理は、”きびなごの唐揚げと天ぷら”だ。

Dscn1684

「鹿児島産のきびなごです。お酒は、薩摩の芋焼酎でいかがですか?」

そう言って、女将が差し出したのは、小正醸造の”篤姫の想ひ”。

薄い紫色のボトルが印象的だ。スマートな紡錘形をしており、その柔らかいラインから女性的な印象を受ける。

黄麹仕込みの鹿児島の芋焼酎で、アルコールは25度と高くない。

ロックが美味しいですよ、と女将が言う。

私とナナコは、言われた通り、ロックで頼む。

そして、ひと口。

ゴクリ。

・・・口当りが非常に爽やかだ。香りが高い。

しばしの爽快感・・・。

う~ん。

美味しいお酒、美味しい食事を前にした時、私は、自分の持っているボキャブラリーの乏しさに愕然とし、ただ唸るしかない。

過去に何度も経験した状況だが、やはり、この美味しさを的確に表現する言葉が見つからない。

 

「きびなご、って初めて・・・」

私は、初めてではないが、久し振りだ。

頭から尾に向かって走っている、青いラインがカッコいいと思ったのが、私が初めてきびなごの丸物を見た印象だ。

初めて食べたのは、冷凍の刺身だった。

手開きされたきびなごが、菊の花のように盛り付けられていた。酢みそで食べるのが美味しかったような記憶がある。

お刺身、天ぷら、唐揚げ、フライ、佃煮、甘露煮など、いずれにしても独特の味を出す。

私は、この魚が好きだったなぁ、と思い出している。

 

きびなごは、鹿児島では人気が高い魚だ。

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銀色と青い縞模様が美しく、お腹に苦味を持っている。

鹿児島の南部で帯のことを”きび”と言うらしい。”なご”は小女子の”なご”で小魚のことを指す。

鹿児島でも特に、甑島(こしきじま)が良いとされている。

旬は、産卵前の春先から初夏だが、5月から6月にかけてが、特にいい。

産卵が近づくと、群れになって海岸へと寄って来る。

甑島の漁は、刺し網漁だ。網の目が特に大きいので、当然、魚体の大きい魚しか獲れない。

2000ワットの集魚灯の光と、刺し網に掛るきびなごのビチビチと跳ねている姿が目に浮かぶ。

私は、天ぷらに塩を振り、頭からパクリ。

微かな苦味がいい・・・。

添えてある島みかんのスライスを絞って食べると、また、違う趣がある。

口中にサーッと広がる柑橘系の爽快感がいい。苦味にマッチしている。

美味しいよ。ナナコも食べてみなよ。お腹の辺りがちょい苦かもしれないけど・・・。

ナナコは、唐揚げをひと口。やはり、頭からパクリ。

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「衣がスパイシーで美味しい。でも、苦味は感じないわ」

えっ?

私も唐揚げを頭からひと口。パクリ。

本当だ・・・、苦くない。

そうか・・・、衣を胡椒、一味でスパイシーにして、苦味を感じないように仕上げているのか・・・。

これにも、島みかんのスライスを絞って食べてみる。

・・・爽・快・感!

 

きびなごは、とてもデリケートな魚だ。

キレイな水の中でしか生きていけない。水から出すと、即、死んでしまう。

鱗は、人間の手に触れただけで、ボロボロ、ボロボロと落ちてしまう・・・。

 

ナナコもデリケートだと思うよ。

「なーに!きびなごと比較するわけー」

違うよ。

デリケートだけど、強がってさ、合わない水の中でも生きていかなきゃいけない時ってあるだろう。

だから・・・だからさ。

頑張れ、って言っているんだよ。

魚の鱗のようにさ、強がっていた部分がボロボロ、ボロボロと剥げ落ちてしまうことってあるだろう。

だから・・・、頑張れよって・・・。

出来ることなら、代わってあげたいとも思っているけど、それじゃあ、何も解決しないだろう。

・・・もどかしいよ・・・、頑張れ!以外に上手い言葉が見つからない・・・。

でも、信じて欲しいんだ。

言葉以上に、気持ちは、頑張れ!頑張れ!頑張れ!って思っているんだ。いつもだよ。本当にさ。

何も出来ないし、頼りない言葉かもしれないけど・・・。

 

「・・・ありがとう。でも、女って、言いたいこと言って、泣いたら、スッキリするものなのよ」

力説した私の目には、薄っすらと涙が滲んでいる。

「ふふ、男ってデリケートね!」

 

「鹿児島産きびなごソテー」は、トドックで販売しています。

紙面で見かけた際は、是非、お買い求め下さい。

 

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