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個室『銀杏の間』にて ~第十一話~

”今夜は、彼の人生の中で最もタフな一日になるだろう・・・”

いつか、テレビで観た、メジャーリーグの監督の同時通訳されたコメントだ。

・・・『割烹ゑびす』銀杏の間でひとり・・・私は、静かに目を閉じる。

何度も、何度も、頭の中でリピートされる”タフな一日”というコメント。

室内に、静かに流れるボサノバの甘いボーカルに、私は、冷静さを取り繕うのに必死になる。

 

数日前のこと。どうやら、ナナコの機嫌を損ねてしまったらしい・・・。

女性と話す時は、一時たりとも、うわの空ではいけない。

常に気にかけているよ、という態度で接さなければいけなかった。

往々にして、女性の会話は話題が飛ぶので、全て大事なことだというスタンスに立って、耳を傾けることが必要だった。

つまり・・・、何が不機嫌の理由になっているのか、私は、よく分っていない状態にある。

 

今夜は、ナナコと仲直りの食事だ。

メールで誘ったので、来てくれるかどうかは分らない。

閉店まで、待つつもりだ。

もし、来なかったら・・・、閉店後も店の前でウロウロしながら待つつもりだ。

それでも、来なかったら・・・、朝日が昇るまで待ち続けるだろう。

そこまで待って、来なくても、もしかしたら、待ち合わせの日を間違えたかもしれないと考えたり、

なんらかの障害で、メールが届いていないか、見ていないのかもしれないと、常に前向きに考えるだろう・・・。

 

スッ、と襖が開く。

私は、ドキッとしたが、出来るだけ冷静さを装い、開いた襖の方に目をやる。

「・・・いらっしゃいませ」

女将だった。

「どうしたのかしら?挙動不審になっちゃって。ふふ・・・」

悪戯な目をして、女将が言う。

 

再び、女将が襖を開けて、1本のワインを置いていった。

Dscn1666 

”サンタバーバラ・レート・ハーヴェスト・ジンファンデル・エッセンス2001”

「頑張ってね。ふふ・・・」

どういう意味だよ。ワインは詳しくないのに・・・。

ラベルをよく見ると、カルフォルニアの文字がある。

カルフォルニア・ワインか・・・。

以前、ナナコと話した映画のことを思い出す。『サイドウェイ』という名の映画だ。

カルフォルニア、サンタバーバラのワイナリーの出てくるストーリーだと言っていた。

印象的な台詞があるのよ、とナナコは言って、大切なことを伝えるように、教えてくれた。

「人生は、極上のワインのように、そのピークを迎える日まで、日ごとに熟成し、複雑味を増す。

それからは、ゆっくりと坂を下っていくが、ピークを過ぎた味わいも捨てがたい」

”希望”がテーマの映画らしいが、私は、今度観てみるよ、と言って、それきりになっている。

・・・観ておけばよかった・・・。

 

ふーっ、と溜息をつくと同時に、カツカツカツ、という靴音が近づいてくる。

ヒール9cmのナナコの靴音。

「もう来てらっしゃいますよ」

襖の向こうで、女将の声がする。

ナナコは、微笑みで応えただろうか、それとも、クールに無視しただろうか。

スッ、と襖が開く。

こんばんは。

私は、様子を探るように、努めて冷静なトーンで声を掛ける。

返事はない。ナナコは、視線を外したまま、トレンチコートを脱ぎ、バッグを傍らに置き、私の正面に、凛として座る。

・・・不機嫌だ。間違いない・・・。

分かってはいたが、私は、すっかり動揺した。

頭の中で箇条書きにされた、言おうとした台詞を整理して、自前のシナリオ通りに喋り始めるしかない。

不機嫌な理由を突き止め、それについて反省の弁を述べ、今後のふたりの仲を修復するべく、努力することを示さなければならない!

”今夜は、彼の人生の中で最もタフな一日になるだろう・・・”

まず、ワインを薦める。

憶えてる?これ、カルフォルニア・ワインなんだ。

私は、そう言ってグラスに赤い液体を注ぐ。コッコッコッコッ、と心地良い音がする。・・・芳醇な香り。

いつだったかなぁ?ナナコさ、ワインの映画の話をしてくれたよね?

ここに、サンタバーバラって書いてあるから、映画に出てくるワイナリーだと思うんだけど、違ったかなぁ?

「・・・」

・・・返事がない。無口だ・・・、やばい・・・。

私は、沈黙に耐え切れず、ワインをひと口。当然、味など分からない。

意を決して、ストレートに聞く方が近道だな、と判断する。

何より、遠回りなことを繰り返すと、何度もこの沈黙に耐えなければならない。とても無理だ・・・、心臓発作で倒れてしまう・・・。

 

ナナコ、聞いて欲しい。

もし、時間を巻き戻すことが出来たなら、ふたりが一緒に暮らしていた時に戻りたいと思っているけど、そこまで贅沢なことは言わない。

せめて、数日前の、会話をしていた直前に戻りたい。ナナコのひと言ひと言を聞き逃したくないと思っている。

つまり・・・、あの時は、うわの空だったって言うか・・・、正直、聞いてなかったって言うか・・・、ほんの一瞬・・・一瞬だけどね。

適当な相づちになっちゃてさ。何か、とても重大なことを聞き逃したような気がして・・・。

もう一度聞きたいんだけど・・・、絶対、聞きたいと思っているんだけど・・・。

「・・・」

・・・返事なし。・・・無口なままだ。

 

どうしようもない緊張感が、銀杏の間全体を支配する。室温が2℃下がったのではないか、と思うほどだ。

完全に凍りついている・・・。

助けて・・・助けて下さい・・・、絞り出すような声が思わず漏れてしまいそうな、その時だ。

女将が、マグロの漬けを持って入ってきた。

「マグロの手ごね風お寿司です」

Dscn1665  

女将は、その場で酢飯に混ぜ、器に盛り付け、カイワレを飾る。

「どうぞ。・・・これは、冷凍のメバチマグロを使っているんですよ。本来なら海のダイヤモンドと言われる生の本まぐろを使うべきなんでしょうけど・・・。

メバチマグロって、目が大きくて鉢のようだから、メバチって呼ばれているんですって。幼魚はダルマって呼ばれて、これも目が大きい達磨さんみたいだからなんですって。可愛い話だと思って。ふふふ。

そう言えば、なんでマグロって言うか知ってます?背中が真っ黒で、海で泳いでいるのを上から見ると、真っ黒に見えて、それでマックロ、マクロ、マグロって・・・」

女将は、私とナナコを交互に見つめ、微笑みかける。

「料理って不思議です。マグロの赤身の味が最も生きてくるのは”漬け”だと思うんです。

これは、生姜汁、醤油、酒、味醂の合せ汁に漬けているんですけど、素材の魅力を引き出せる組み合わせって、ひとつの奇跡かなぁ、って思って。

そう思いませんか?

それと、冷凍のメバチマグロを使う場合は、解凍の方法がポイントなんですよ。

温塩水解凍をしています。塩分濃度は3%です。海水と同じ濃度なんですって。そこに冷凍のサクを入れて、表面を軽く洗って、1~2分ぐらい解凍します。

水分をしっかりと拭き取った後、布巾に包んで、冷蔵庫に入れて冷やし込みます。30分ぐらいですか。本当にキレイな赤色になるんですよ。

Dscn1664

つい最近まで、家では、レンジで解凍したり、冷蔵庫に入れ放しで解凍したりしていましたけどね。

それぞれに合った解凍方法があるんですね・・・。ふふふ。

どうぞ、お召しあがり下さい」

 

目の前に出された、マグロの手ごね風お寿司をひと口、パク。

「美味しい・・・」

ナナコの声。小さいけど、しっかりした声が届く。・・・やっと、聞けた・・・。

「でしょ?では、ごゆっくり。ふふふ」

女将は、襖をそっと閉め、出ていく。

私も、美味しいね、と言って、ナナコに視線を合せる。

しばしの静寂・・・。

ふーっ、と長い溜息の後、ワイングラスを口に当て、ナナコは、ゆっくりと微笑む。

いつもの笑顔が100なら、40ぐらいの笑顔だけど・・・、それでもいい。私は、ホッとする。

「サンタバーバラには、53のワイナリーがあるの。

このワインは、葡萄が最高の状態の年にしか生産しないから、ここ30年の間で6回しか生産されていないワインなの。・・・貴重ね」

そう言って、ナナコはグラスで揺れる赤い液体を見て、もうひと口。私もひと口。

「キレのある味・・・。プラム、ブラックベリーの酸味とのバランスもいいわ。完熟した極上の甘口・・・。

・・・今回の件も、このワインに免じて、甘口の刑にしてあげるわ」

 

ホッ。・・・良かった~。

それにしても、ナナコを不機嫌にした理由は何だったのだろう?

私は、聞こうかどうしようか、迷っている。

でも、焦っちゃいけない。

一度、凍りついた関係・・・。

きっと、最良の解凍方法があるはずだ。

時間を掛けて、ゆっくり行こう。

 

事態をこじらせて、再凍結になったら最悪だ・・・。

 

冷凍の「メバチマグロ」、「キハダマグロ」はトドックでお求めになれます。

店舗では、「東遠のめばちまぐろ」がおすすめです。

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