生活協同組合コープさっぽろで、安心生活はじめましょう。

ホーム > 個室「銀杏の間にて」 > 個室『銀杏の間』にて ~第九話~

個室『銀杏の間』にて ~第九話~

都会の隠れ家的な一室『割烹ゑびす』の銀杏の間で、

私は、ナナコを待っている。

いつものことだが、

いつ来るか、いつ来るか、と鼓動を速くしながら待っている、この時間が、私は好きだ。

どんな格好をして来るのだろうとか、何を話そうかとか、

17歳の頃のような、新鮮な気持ちで待っていることに気づく。

冷たい風、人恋しい秋。・・・季節の機微には逆らえない。

 

ナナコを待っている間、昼間もらったチョコレートのことを考えていた。

新発売のほろ苦いビターチョコレートのサンプルだ。

私は、15歳の頃からチョコレートが好きになった。理由は分からない。

ストロベリーの板チョコと円錐の形をしたアポロという名のチョコが特に好きだった。

チョコレートは、女性が好きな食べ物というイメージが強いので、

TVのインタビューで、高倉健がチョコレートが好きです、みたいなことを言ったのを聞いた時、嬉しかったのを思い出す。

私は、誰かにチョコレートが好きだ、ということを話す時、高倉健のインタビューの話もするようにしている。

今は、甘いミルクチョコレートより、ほろ苦いビターチョコレートを好んで食べている。

大人になり、嗜好が変わったのだろう。

ビターチョコレートの美味しさは、大人にならないと分からない。

大人の味。

甘いだけが、チョコレートではない。

 

ナナコと一緒に暮らしていた頃、

私はナナコに対して、おかずの彩りは緑色を入れるともっと良くなるとか、TVのお笑い番組を観ている時に話し掛けられると、静かに!とか、

自分勝手で、小言ばかりを言っていた時期があった。

その後は、決まってバツの悪い空気が流れ、部屋の温度が低下していくのを感じた。

楽しい時間も多かったが、このような時間が数回続くと、楽しい時間は台無しになってしまう。

そういったことは、経験から学ぶ。

こう言ったら、こうなるだろうから、これは言うのはよそう、と考える。

または、こう言ったら喜ぶだろう、とか考えるようになる。

日々の生活は、いいことばかりではない。

ほろ苦い時間もある。

それも、大人の味として、愉しむことが必要なのだろう。

私は、生活がビターになるのは好きではない。

出来るだけ、甘い毎日を送りたいと思っている。

 

「そういうところが子供だっていうのよ!」

えっ?

ドキッ、とした。

スッ、と襖を開け、ケータイを耳から離し、バッグに仕舞いながら、ナナコが入って来た。

一瞬、ムッとした表情だったが、すぐにいつもの笑顔だ。

口角が上がったナナコの笑顔を見て、私はホッとする。

「ごめん、ごめん。声、大きかった?つい大声になっちゃった。

化粧水は、コットンか手のひらかって話で盛り上がっちゃって。

今、美白ブームじゃない。肌の手入れってすごく大事で、その日の肌のコンディションを知るのは、手のひらを使うのが一番だと思うんだけど、化粧水も乳液も全体に馴染ませるには、コットンが必須なのよ」

私は、へぇそうなんだー、という顔をするが、話の内容は全く理解していない。

赤みベージュでクリアな発色のルージュを引いた、ぷっくらとして艶やかなナナコの唇の動きを追っていたので、

話の内容は聞いていない。

ナナコと会う前に、今日は何を話そうか、などと考えるのは無意味だ。

私は、すぐに魅了されて、頭の中が真っ白になるからだ。

 

「ようこそ。いらっしゃいませ」

ベビーフェイスの女将が運んで来たのは、シェリー酒とほっけの飯寿司だ。

Photo

飯寿司は、大人の味だ。

子供には、その美味しさは分からない。見た目の気持ち悪さで引いているうちは、まだまだ子供だ・・・。

大人の味と言えば・・・、

エスプレッソのダブルとか、黒ビール、ほやの塩辛、葉わさび醤油漬とか、湯葉刺し、ロックフォールのブルーチーズなどだが、

どれも、子供の口には合わない。

ほろ苦い時間を経験した大人だけが、どうしようもなく口にしたくなる味だ。

私は、やるせない時に、この大人の味を欲する。

・・・大人ってやつは、四六時中やるせないので、皆、苦みばしった顔で黒ビールやブルーチーズを口にする。

 

飯寿司は、寒い季節になると作られる北海道の郷土料理だ。

秋鮭、はたはた、にしん、ほっけ、紅鮭、かれい、たこ、いか、きんきなどが使われる。

寿司の原型と言われる熟寿司(なれずし)の一種だが、漬け込む時間は短く、臭いがないのが特徴だ。

ご飯に、魚、野菜、麹を混ぜて、樽に詰め重石を乗せて漬け込む。

そして、乳酸発酵させる。

私は、飯寿司の味の評価は、

魚の味はもちろんだが、乳酸発酵の酸っぱさと米の甘さで決まると思っている。

 

程よく、米、麹、野菜をまとったほっけをひと口。

う~ん。やはり、大人の味・・・。

ほっけの飯寿司と言えば、日本海。

その昔、寿都の飯寿司は、ほっけだけだった、と聞いたことがある。30年も前から作られていると言う。

もし、これが、その飯寿司だったとしたら・・・。

島牧で8月~10月に水揚げされた根ぼっけを使っているはずだ。

刺し網に掛ったほっけは、暴れ出して旨みを出すと言う。

飯寿司に使うほっけの原料はデリケートで難しい。旨さが有り過ぎてもダメ、無さ過ぎてもダメだ。

そして、この食感!見た目!

全て手切りで処理されているのが分かる。

仮酢漬けで、魚の身がしっかり締まっている。

 

熟成期間を比較的長くとる、昔からの漬け方だ。

杉樽に詰めて、天然の笹の葉を敷き詰めて、蔵で寝かせる。

蔵は魚種によって、変えてあると言う。

ほっけの温度管理、ほっけの熟成期間がある。

悪い原料を使うと、味が付く前に発酵してしまう。

(同じような管理をしていても、毎日見ないとコジけてしまう)

作り手の崇高な声が聞こえてきそうだ・・・。

外気の影響だって受ける。11月くらいから、いい飯寿司を漬けることが出来るようになる。

 

Dscn1465  

ほっけは島牧。米は蘭越のほしのゆめ。人参は七飯。生姜は高知だ。

ここにたどり着くまでに、多くの失敗があったと聞く。

長くやらないと分からない知恵がいっぱいあり、経験から学んだことが、今日の到達点になっている。

 

微かに漂う杉と笹の香り。

清涼感のある酸っぱさ。

口中にパッと広がり、消えてゆく米の甘み。

20キロの重石で旨みが凝縮されている・・・。

この味・・・子供に分かるはずがない。

 

「なんかさ~・・・ゲロみたいじゃない?」

そ、それは・・・、飯寿司を前にして、絶対に言ってはいけない台詞・・・。

しかし、誰もが抱く、第一印象だ・・・。

 

気を取り直して、私は聞く。

ナナコにとって、大人の味って何かなぁ?

「そうねー。・・・霧が立ち込める深夜のマンハッタンで、年老いたスナイパーと摩天楼の隙間でする最後のキスの味・・・とか」

なるほど、それは、確かに・・・大人の味・・・のような気がする。

「冗談よ!」

 

・・・そうか。まぁ、いいから、この飯寿司食べてみなよ。

何で食べてくれないんだよ!美味しいって言ってるだろう!

この味が分からないと、大人って言えないんだって!

お酒ばかり飲んでないで、食べてくれって言ってるだろう!

 

「グチグチうるさい!そういうところが子供だっていうのよ!」

・・・今夜も、ほろ苦い夜になりそうだ・・・。

 

「山下水産のほっけいずし」。

Dscn1467

トドックで見かけたら、是非、お求め下さい。

トラックバック: 0

この記事のトラックバックURL
http://blog.todock.com/mt/mt-tb.cgi/11059
この記事へのトラックバック一覧
個室『銀杏の間』にて ~第九話~ from 割烹ゑびす

ホーム > 個室「銀杏の間にて」 > 個室『銀杏の間』にて ~第九話~

ブログ内検索
お気に入り・フィード購読
個別バナー
QRコード
携帯でも割烹ゑびす
http://blog.todock.com/mt4i/ebisu/
HELPバナー
共通バナー
Google アドセンス

ページの上部へ