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個室『銀杏の間』にて ~第五話~

「今夜は随分と、待ちぼうけなのね」

浮かない顔の私に向かって話し掛けてきたのは、

ここ『割烹ゑびす』を取り仕切る、ベビーフェイスの着物の女将だ。

時計の無い銀杏の間で、気にしないつもりでいたのだが、腕時計をチラリと見やると、既にPM9時を回っている。

降り始めた雨のポタ、ポタ、という音のせいもあって、私は多少、苛立った口調になる。

・・・待たされるのは、昔から慣れているよ・・・レイコ・・・。と答え、笑顔をつくる。

「・・・もう・・・、昔話だね・・・」

そうだ・・・。

ナナコには秘密にしているが、私は女将のことを知っている。

 

女将の名は、レイコと言う。

出会いのきっかけは、よく憶えていない。

二十歳を過ぎたばかりの頃、レイコは、すすきののクラブでホステスのアルバイトをしていた。

若さとスタイルと甘えた口元を武器にして、

バブルを引きずるスケベ親父から、時計、アクセサリー、バッグ、ゴルフ道具、海外旅行など、随分と貢がれていた。

いらない物は、リサイクルショップでお金に換えてもいた。

華やかないい女だったと同時に、なんてひどい女なんだ、とも思っていた。

そんなレイコに対して、下心がなかった、と言えば嘘になるが・・・。

一方で、颯爽とした印象も兼ね備えていた。

 

90年代。

今までの価値観が崩れ始め、映画の世界でしかなかったような、陰惨な事件が多く発生し、

日本には、暗く重い閉塞感、虚無感、喪失感があった。

このままでは、世界で一人取り残されてしまいそうな孤独感も、あちらこちらに蔓延していた。

レイコには、そんな世界をオブラートに包み込んで、その上を颯爽と歩いているイメージがあった。

カッコよかった・・・。

 

・・・昔のことを思い出すとセンチメンタルな気分になる。

 

私は、お通しを口に運び、ひと息つく。

活だこ沖漬。

Dscn1499

活いか沖漬は、よく聞いたことがあるけど・・・。

スライスされた足の直径からすると、そう大きくはないな、

・・・柳だこか。

北海道、特に日本海、オホーツク海に多く生息するのは、みずだこ。

名前の割には、身がプリプリしている。

対して、柳だこが獲れるのは、太平洋。

浦河沖は、寒流の親潮と暖流の黒潮がぶつかる潮目だ。

潮目がぶつかる場所は、多くの魚種が獲れる。

柳だこは、確か・・・1月から9月に水揚げされるはずだ。

漁の方法も独特だと聞いたことがある。

大正時代からの伝統的な漁、空釣り縄漁・・・。

船からアンカーが投入されるのを想像しながら、もうひと口。

 

それにしても、この味が独特だ。醤油とも、ひと味、いや、ふた味は違う。

魚醤か?

日本の三大魚醤が頭に浮かぶ。

秋田しょっつる!う~ん・・・違う!

金沢いしる!これも違う!

香川いかなご醤油!違う!

海外か?

タイのナンプラーなら、もっと独特の匂いがあるはず!違う!

ベトナムのニョクマム!フィリピンのパティス!

あれも、これも違う!

私は、無意識にすがるような目でレイコを見る。

「魚々紫(ととむらさき)です」

・・・見事に、ビジネスライクな返答だ。

 

Photo_3  

魚々紫は、日高沖の秋鮭を原料にした魚醤だ。

ミネラル豊富な天日塩と米麹で、じっくりと発酵させる。

魚醤と言えば、独特な匂いを想像するかもしれないが、

新鮮な原料を使うと匂いはしない。

仕込み、発酵、熟成、搾りの過程を経た、芳醇な香りがするだけだ。

搾られた魚醤が、一滴づつ自然落下するポタ、ポタという音が、耳を澄ませば聞こえてきそうだ。

・・・今夜の雨音とシンクロする。

 

そうだ・・・あの日も雨が降っていた。

10月の終わり頃だったと思う。

私とレイコが、すすきので食事をした夜。

 

ロビンソンの前で1時間は待たされた後で、

七輪の店か、おでん屋に行ったような気がするが・・・、

田酒を飲んだことは、憶えている。

久し振りだったこともあり、近況報告や最近の気になること、周りの気に入らないヤツの話や恋愛の話をした。

F45ビルのバーでは、レイコはシードルを。私はサイド・カーを飲んだ。

酔ってはいるけど、理性の残っているうちに帰ろうかと、通りに出たその時だ。

・・・突然、しゃくりあげた声で泣き出したレイコがいた。

歩道で雨に濡れた小さい身体。

初めて見るレイコの涙。

付き合っている男のことだとは思ったが、突然、見せられたレイコの弱さに、私は胸が切なくなる。

理由は聞かなかった。・・・聞けなかった。

私は、鼻出てるよ、と間の抜けた台詞を言うのがやっとで、不器用にハンカチを差し出した。

 

こうして、雨音を”カギ”にした、秘密はつくられた。

 

誰にだって、秘密のひとつやふたつぐらいはあるだろう。

そっと、フタをして閉じ込めた、振り返りたくない過去や、

心の宝石箱に仕舞っている、あの頃の思い出など。

私は、この夜の出来事を、宝石箱に仕舞った。

今夜みたいに、ポタ、ポタ、と雨音が聞こえると、開く秘密の宝石箱だ・・・。

 

・・・昔のことを思い出すとセンチメンタルな気分になる。

 

カツ、カツ、カツ、カツ。

急ぎ足の靴音。ナナコが来た。

「ごめん、ごめん。待ったでしょう?本当にごめんね」

ナナコは、私とレイコを見て、申し訳なさそうな顔をする。その上目遣いがチャーミングだと思う。

私は、待っている間にイライラしたことと、秘密の箱が開いてしまったことを反省する。

ナナコの視線がレイコへと移る。

「あっ、そうだレイコ。ドレスの色が決まったよ。キレイな紫!今度の日曜日に一緒に行かない?」

「行く!行く!」

えっ?

あれ?知ってるの?知り合い?(・・・どこまで、何を、知っている?)

「言ってなかった?同じフラのチームなの。すごい仲良しだよね~」

「ね~」

・・・。

私は、落ち着きを失った視線で二人を見る。

ナナコのいつもの笑顔。レイコの小悪魔のような微笑。そして、無常の雨音。

ポタ、ポタ、ポタ、ポタ・・・。

 

「魚々紫」を使った商品は、トドックで販売しています。

さんま魚々漬、鮭とば魚醤干しなど。

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週間トドックで見掛けたら、是非、お求め下さい。

 

 

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